E-roomへようこそ。このブログでは、学校現場における小論文指導の現実について、学校の先生を対象にゆるーく語っていきます。バックナンバーと合わせてお楽しみください。
これまでは自分の考えの基礎となる「土台」を作りましょうという話をしてきました。ただし、「土台」の内容はかなり抽象的なものなんですよね。だから「土台」だけあっても小論文にはなりません。小論文ではもっと具体的なテーマについて問われますからね。じゃあ、今後どのようなことを指導していけばよいのか。その辺のことを実際の入試問題を見ながら話していきたいと思います。
入試問題をやってみよう
最初に、実際の入試問題を見てみましょう。
名寄市立大学の入試問題です。
名寄市立大学というのは、北海道の上の方、旭川市よりもさらに北にある名寄市(冬はとても寒い!)の公立大学です。看護学科・栄養学科・社会保育学科などがあって、意外にと言っては失礼ですが北海道ではけっこう知られたとても人気のある大学です。
ベネッセの偏差値では52なので、そんなに難関大というわけではありませんよね。
入試問題は、課題文を読んで問いに答えるというオーソドックスなタイプです。
(実際の入試問題はこちら)
課題文を簡単にまとめます。
人間以外のほとんどの動物にとって食事は生きるために必要な行為である。そのため他者との競合を避けるためにも食事は「個食」が普通である。これに対して、人間にとって食事というのは生きるためだけでなく、他者との関係性を築く上で重要な役割を担うものである。だから誰とどのように食べるかは重要な問題で、その中で信頼関係などを築いてきたのである。ところが近年は科学技術の進歩や流通革命などによって個食が増えてきている。そのことで様々な問題が生じているのではないか。
問:現代の食事と人間社会についてあなたの考えを800字以上1000字以内で述べなさい。
(令和2年度 保健福祉学部一般入試前期日程)
問題自体はそんなに難しくはないですよね。
「食事」という日常のことがらについて書けということですから、特別な知識がなくても(最悪でも)何かは書けるでしょう。
こういうところに大学側のやさしさを感じますよね。
うちの大学のターゲットは超優秀な高校生ではなく、将来の目標をちゃんと持っていて、やるきがあって、しっかりと勉強してくれる、前向きな生徒なんです。学力はそこそこあればいい。だから小論文で変に難しい問題を出しちゃうと何にも書けない生徒が出てきてしまから、出題するときはその辺のところを考えて、誰にとっても書きやすい問題にしてます。
だからそこそこの学力があってしっかりとした目的意識を持っている高校生のみなさん、ぜひうちの大学に来てください!
という感じでしょうかね。
んー、わかるなあ。
地方の大学って多かれ少なかれこういう感覚を持ってますよね。
だから、熱心に高校周りの営業をしてます。高校側としては本当にありがたいものです(忙しいからって言って大学の担当者と極力会わないようにしている進路担当者も結構いるみたいだけど、本当に信じられない!)。
大学の様子も分かるし、大学側の意向というか気持ちというかそういうスタンスみたいなのがわかりますからね。この大学はこんな感じだよって生徒にも説明しやすくなるし、勧めやすくもなります。これくらいのレベルの子なら合格させてくれるなみたいな「読み」もしやすくなるしね。あの人のいる大学なら信用できるなっていう感じもある。
大学の広報担当のみなさんがんばってくださいね。
指導の難しさはどこにある?
それはさておき、
大学側のやさしさのつまった入試問題。
さあ、いい文章を書いてください!っていう出題者のメッセージが感じられるじゃないですか。
でもね、
これが書けないんです。
優秀な生徒ならちゃちゃっと書けますよ。この程度の問題なら。
でも、偏差値50~57くらいの大学を受ける生徒って、そこまで優秀じゃないんですよ。少なくとも小論文を書くという点においてはほとんどの生徒が優秀とは言い難い。
現場の先生にしてみれば、小論文指導の難しさってこういうところなんですよね。
参考書のように、小論文はこう書けばいいんですよーっていう説明をしただけでは全く伝わらない。何度も書いているように、参考書は基本的なことがわかっている生徒じゃないとうまく活用することができないから。「普通の生徒(=ほとんどの高校生)」は、基本的なことがわかっていないんです。
特に偏差値55前後くらいの、この辺にいる生徒を指導するのがいちばん大変なんです。
どうして大変かって言うと、この層の生徒って成績的にはそんなに悪いわけじゃないから、先生としてもなんとかして希望の大学に合格させてあげたいと思うわけですよ。あまり高望みをせず自分の実力に見合った大学を志望してくれさえすれば十分合格できる位置にいるわけですからね。
でもそれくらいの子って、大体において小論文が書けないんです。
ていうか、偏差値65以上の「優秀な生徒」以外は小論文においてはほぼ同レベルですよ、実際は。
ちゃんと書ける子なんてほぼいない。偏差値40以下の生徒と偏差値55の生徒を比べてどちらが文章力があるかっていっても、そんなに大差はない。これが現実。
でも、専門学校とか地元の短大とかなら小論文っていっても作文に毛の生えたようなもんですからね。いくら小論が書けなくても大体は何とかなるんです。字数を埋めることさえできれば内容的には片目だけでなく両目を瞑ってOK出してくれる学校は実際には多い。どこも経営難ですからね。
でも、公立大学だとさすがにそういうわけにはいきません。
偏差値的にはそんなに高くないとはいえ、専門学校の作文とはやっぱり違うわけですよ。(もちろん国公立の大学には定員確保っていう重大なミッションもあるから、受験者が極端に少なかったりするとびっくりするような点数でも合格したりすることはありますけどね)
入試問題だってそんなに難しくないとはいえ、決して簡単とも言いがたい。
つまり、文章が書けない生徒にそれなりの文章力をつけなきゃいけないわけなんですね。
これってけっこう大変なんです。
教えるという立場から言えば、偏差値80の生徒を東大に合格させるのよりもこっちの方が圧倒的に難しい。野球経験者にホームランを打たせるよりも、バットを握ったことすらない子にヒットを打たせる方が難しいでしょう。それと一緒です。
こういう難しさに十分こたえてくれている参考書ってあまりないんですよ。ほとんどは「野球経験者」に向けられた内容です。
だから、自分でもがくしかないんです。学校の先生は。
参考書に書いてあること自体はもちろん間違ってはいないんだけど、そういうことを教えてもあまり効果がないという状況ですからね。それ以前の問題なんです。
それで、じゃあどうすればいいかっていうことを考えなきゃいけない。
ただし、入試問題が難しいからと言っても、そんなに素晴らしいものを書かなくてもいいんですよ。人並みのレベルであれば十分なんです。
でも、そのレベルにすらいかないかもしれないという不安を感じるわけですよ、こっちは。
「好きな食べ物は何ですか」っていう簡単な質問を大学側は投げかけているようなもんで、それに対する答えはカレーライスでもお寿司でもスパゲッティでも何でもいいわけです。黒コショウとかミネラルウォーターとかいうへんてこ解答でもギリセーフかなくらいに構えているんじゃないんですか、大学側は。
それなのに「好きな食べ物」の答えがサッカーとかトランペットとかだと、さすがにまずい。
学校の先生は頭がいいので、さすがにそんなことを書く子はいないだろうと勝手に思っちゃうんだけど、実際はそういうことはあるんです。ていうかそういうことだらけです。
もちろん、本当に「好きな食べ物」についての質問なら答えられますよ。
でも出題者側が「好きな食べ物」と同じくらい簡単な質問でしょと思って出題した「常識的な」問題は、生徒にとってはけっして簡単な問題じゃない、そいうことはよくあるわけです。
そうなってしまったら、何を質問されているのかわからなくなる。
だから、異次元のズレたことを書いてしまう可能性は十分にあり得るわけです。
われわれ教員が心配するのはそういうレベルのことなんです。
難関大学の推薦入試ならば、「上手な小論文」を書くことが求められるでしょう。
でもこれは優秀な生徒の話。
普通の生徒に求められるのは、安定的に「平均的な小論文」を書く力だと思います。
そのためには、小論文参考書はあまり役に立たないかもしれません。ましてや、「小論文のネタ」系の知識型のものはほとんど意味がないでしょう。
そこに戦略はあるのか
小論文入試って、どんな内容が出題されるかわからないですよね。
看護学科の入試だとしても、医療系の内容が出題されるとは限らない。
実際、名寄市立大学の入試問題は「食事」でした。(名寄市立大は看護学科も社会保育学科も栄養学科も同じ問題ですから医療系以外の出題の可能性が高いとは思いますが)
次ページへ続く


コメント
コメント一覧 (2件)
[…] 入試問題に挑戦1!-土台からテーマへ-(初級⑩) February 24, 2021 … […]
[…] 前回と前々回、実際の大学入試問題を解いてみました。最初は名寄市立大学の入試問題。(実践⑩・実践⑪)次に大分大学の入試問題。(実践⑫)どっちが難しかったですかね。個人的には大分大学の方が書きやすいかなと思うんですけどね。いろいろと話を広げられそうだし。手持ちの材料があればの話ですけどね。生徒さんにしてみたら「食事」の方がまだましなのかな。生活に関わることですからね。何にも書けないという最悪の状況だけは免れると思います。まあ、いずれにしても、今回のテーマは「自分の武器を使え」でした。どんな出題内容だとしても、焦ることなく、自分に書けることをしっかりと書ききる。そのための方法をお話したつもりです。「方法」だなんて大げさなことじゃないんですけどね。まずは自分の手持ちの武器で戦えるかどうかを考えましょうと。そういうことです。で、それぞれの入試問題を一緒に考えてみました。そんなに高度な文章にはなりませんよ。ただ、「自分を表現する」ということはできていると思います。全受験生の答案を見比べてみたらきっとわかるでしょうね。課題文の内容をなぞるだけの小論文が多い中で、しっかりと自分の考えを表現できている。これはけっこう評価が高いと思いますよ。もちろん、大学の難易度にもよりますけどね。ハイレベル入試ならばこれだけじゃさすがに太刀打ちはできません。でも、偏差値60未満くらいの大学ならば、十分勝負になると思います。で、それ以上に重要だと思うのが、受験生の満足度ですね。やっぱりこれまで長い時間と労力をかけて準備してきましたからね。それをちゃんと出し切れたということは大きいと思います。合否結果にかかわらず、入試の取り組み自体には納得できるんじゃないかな。こういうのって結構大事だと思います。 […]