E-roomへようこそ。このブログでは、学校現場における小論文指導の現実について、学校の先生を対象にゆるーく語っていきます。バックナンバーと合わせてお楽しみください。
小論文の参考書ってみなさんはどのように使っていますか? 生徒に指導するときには重宝するものの、どう使うかは意外と難しいですよね。そんな小論文の参考書について思うところを2回に分けて話していきたいと思います。
たくさんあるぞ!学習参考書
本屋さんの学習参考書コーナーは高校生の皆さんでいつもいっぱいです。参考書・問題集の類はいつの時代も人気があるものですね。
今はどんな参考書が売れてるんですかね。
と思って、Amazonとか楽天とかの売れ筋ランキングを調べてみたました。
サイトによってランキングはずいぶん違いますが、どこでも上位に顔を出しているのは「キク英文法 聞いて覚えるコーパス英文法 ー杉武史」。これは強いですね。面白いのかな。
あとは「一度読んだら絶対に忘れない世界史の教科書 山﨑圭一」。絶対に忘れないというのは魅力的ですねえ。わたしは昔から暗記が苦手なもので。
「チャート式数学ⅠA」とか「実践ロイヤル英文法」みたいな定番もまだまだ人気があるんですね。けっこう売れてるみたいです。「実践ロイヤルー」は村上春樹がなんかの本で書いてましたね。いい参考書だって。その影響もあるのかな。
小論文はどうですかね。
いろんなサイトのおすすめランキングを覗いてみると、「落とされない小論文 今道琢也」「採点者の心をつかむ合格する小論文 中塚光之介」あたりが上位に顔を出していますね。あとは樋口裕一先生のシリーズは相変わらずの売れ行きみたいですよ。「柳井好之の小論文」あたりも評価が高いですね。その他目立つのは「小論文の完全ネタ本」シリーズですかね。これはずいぶん重宝されているみたいですね。
職業柄、わたしも学習参考とか問題集とかはマメにチェックするようにはしています。国語と小論文だけですけどね。
学校にいるといろんな出版社や予備校からサンプル教材が送られてきますよね。あの中にもいい教材がたくさんありますよ。旺文社とか第一学習社とか学研あたりが出しているワークシート式の教材なんかはけっこう優れモノだと思います。
わたしがよく使っているのは河合塾で出している「大学入試小論文問題集」。これは前年度の全国の大学入試小論文過去問集ですね。学部別に分かれていて全4冊くらいだったかな。値段はワンセット3万円弱くらい。これは毎年購入しています。
参考書ってやっぱりすごい!
こうした参考書や問題集などの学習教材はふだんからよく使わせてもらっています。というか、これらの教材がなかったら生徒に指導することはできませんね。ほんとうにありがたいことです。
そして、こうした教材を使いながらいつもこう思います。
やっぱり、プロはすごいなあ。
だってね、小論文ですよ。
こんな訳の分からない科目他にありますか?
何かを暗記すれば何とかなるというものでもない。やたらと練習問題をこなせば定着するという種類のものでもない。理屈だけでもだめ。それなりの表現力が伴っていなければならない。その上、合格ラインの基準がはっきりしない。ヘタをすれば採点者のさじ加減で序列が決まったりする可能性も否めない。問いに対して正解が用意されているような科目とは何から何まで違うんです。
いったいどうすれば小論文を上手に指導することができるのだろう。
そんなことをいつも思っていました。教師になりたての頃からずっとです。
自分で書くのならばなんてことはない。書けって言われればいくらでも書けます。
でも、自分が書けるからって、じゃあその書き方を教えてくれと言われてもうまく教えられるものじゃないんですよね。
わたしが文章を書けるのは、それはわたしだから書けているわけなので。わたしじゃない人がわたしの書き方をマスターできるかというと、それはやっぱり無理なんですね。そういうことがわかってきた。
じゃあ、どうすればいいの?
テニヲハも覚束ないような高校生に小論文を書かせるという作業がいかに虚しいか。
そんなことをいつも実感させられます。で、いつしか小論文指導はターミナルケアと化し、受験前にちょっと励ますだけの儀式になっていくわけです。
うまく教えられないんだから、うまく書けるようになるわけがないですよね。
でも、その答えが見つからない。
文章が書けないという人を、文章を書けるようにするにはどうすればいいのか。
これはめちゃくちゃ難しいテーマです。
学校の先生という煩雑な仕事を続けながら、片手間に答えを出せるような簡単なものではありません。
そういう難題に、何らかの「見解」を示してくれるのが受験のプロなんですよね。すごいなあ。
もちろん、プロが示してくれる「見解」が「正解」であるとは限りません。その見解は間違っているという可能性だってある。
でも、どっちに向かっていいのかわからないような濃霧の中では、とりあえずこっちに行こうという見解を示してくれることが何より大事なんですよね。
わたしたち先生は忙しさにかまけて、濃霧の中でどうしようどうしようともがくことしかできない。
そんな中、受験のプロ集団はそこに一つの道筋を示してくれるわけです。これはものすごくありがたいことなんですね。
どの参考書を信じるべきか
「小論文の書き方」というどうしようもなく難しいテーマに対して、受験のプロは一つの方法論を提案してくれます。すると、やがて別のプロ集団がやってきて、それとは違った方法論を新たに提案したりします。するとさらに別の集団がという感じで「小論文の書き方」についての方法論が複数生まれてきます。そんな状況が訪れる。
どの方法論が正しいの?
わたしたちはついそんなふうに考えてしまいます。
こういう疑問を、生徒が持つのはいい。
だって、どの参考書を信じるかで合否が決まるかもしれないと思ってるんですからね。生徒にとっては死活問題です。いったいどれを信じればいいのだろう。この感覚は高校生ならばいたって正常だと思います。
でも、先生はこういう疑問を持つべきではない。
だってね、濃霧の中で何もできずにおろおろしていた自分を思い出してください。どの面下げて「このやり方は違うと思うな」だなんて言えるんですか。
ひとつの方法論を築き上げるっていうのは大変なことでしょう。それを完成させるまでには、膨大な量のデータといろんな角度からの検証とそれからものすごい時間がかかっているはずです。そうした中から一つの方法論を作り上げた。
まずはそれに対するリスペクトがなければなりません。
受験のプロ集団だって一つの方法論を提案はしたけれども、それが万人にとって有効な方法論だとは思っていないはずです。能力にはいろんな個人差がありますから、手当の必要なポイントもみんな違って当然ですからね。そんなことはわかっていて、その上で一つの方法論を提案しているわけですよ。
だいたい、「文章力のあまり高くないふつうの高校生」に小論文を書かせるというのはものすごく難しいことですよね。
野球をまったく知らない子たちにホームランを打たせなさいと言っているようなものです。どこをどう直せばいいか見当がつかない。人によってもずいぶん違うしね。
どうやっても無理だということがわかるとあきらめムードで「ユニフォームきてランニングしていなさい」とか「バットをちゃんと磨いとくんだよ」とかそんな適当なアドバイスをして受験に送り出していたわけですよ。われわれには手も足も出なかったんです。
そういう状況に対して、こうすればホームランが打てるっていう方法論を、受験のプロが提案してくれたんです。
ありがたいことじゃないですか。
でも、それで絶対にホームランを打てるようになるかって言ったら、そんなわけはない。
だって野球をまったく知らない子なんですからね。無理に決まっている。
それなのに「なんだホームランを打てるようにならないじゃないか」っていう文句を先生が言っちゃいけない。そういうことをわたしは言いたいんです。
文句を言ってもいいのは生徒だけ。
先生はそれまで指導法がわからずに右往左往していただけなんですから。
とりあえずは提案された指導法を吟味して、現実的に使えそうな部分を参考にさせてもらえばいい。
ある参考書では「まずはバッティングフォームを見直そう」というところからスタートしているかもしれないし、別の参考書では「まずはルールの把握が先決!」って言っているかもしれない。「いやいやまずは野球を好きになろう!」っていうのもでてくるでしょうね。
いろんな参考書があって、みんな切り口が違っているわけです。
どの参考書もみんな「高校生に小論文を書かせる」という難題に対してある「見解」を示しています。こういう観点をもって、こういう順序で学習すれば、ホームランを打てるようになるかもしれないよって。
山登りにいろんなルートがあるように、小論文の方法論にもいろんなルートがあって、どれが正解ということはない。生徒の特長は多種多様ですから、どのルートがその生徒にとって最適解かはわかりませんからね。
だから、われわれ先生としては、受験のプロが考えてくれた方法論をしっかり吟味して、それぞれの方法論が作られた意図みたいなものを理解するっていうのが参考書との正しいつき合い方なんじゃないかと思います。
そして、そうした意図を踏まえた上で、目の前にいる高校生たちの指導法を考えていくのがいいと思います。その生徒に対して、どの参考書のどの方法論を使うかは先生が判断すればいい。
そうすればひとり一人にあった指導をしやすくなるのではないか。そんなふうに思っています。


コメント
コメント一覧 (1件)
[…] 小論文の参考書については以前の記事で取り上げました。(以前の記事はこちら)内容を要約すると次のような感じです。1 小論文の参考書はとても有用だ。2 でも、上手に使いこなせる生徒はあまりいない。特に、「普通の高校生」にとっては難しすぎるかもしれません。本に書いてあることの意味自体は分からなくはないんですけどね。その通りにやってみようと思ってもうまくいかない。力量不足なんです。ほとんどの高校生は。ある程度の基礎力が備わってる生徒じゃないと参考書を使っての自学自習は難しいんんですよね。そういう意味では、受験参考書は使用者を限定していると言えます。だから「普通の高校生」は先生と一緒に考えていくのがいちばんいいと思う。そうなると、指導する先生の方に指導方針というか指導計画というか指導イメージというか、そんな感じのものが必要になってきますね。これについては実践編で紹介していますのでよかったらご一読ください。(実践編①はこちら)で、今回は先生に読んでもらいたい小論文の参考書を紹介します。が、今回紹介する本は、厳密には小論文の参考書というカテゴリーには入らないかもしれませんね。少なくとも、著者は受験参考書というつもりでは書いてないと思います。ここに書かれているのは、「小論文を書くとはどういうことなのか」ということです。どうすれば自分の意見というものを構築できるのか、どうすればそれを上手に文章化することができるのかということについて書かれています。ですから、これは大学受験という枠組みにはとどまりません。大学で学問をする際に必須のスキルになりますし、その先の人生のさまざまな局面においても役に立つ武器になり得るものです。高校生がその先の長い人生を生き抜いていくうえで必要とされるスキルですね。これをしっかりと自分のものにできるようにという思いを込めて書かれた書物です。ただし、「普通の高校生」が自力でこの内容を理解するのはちょっと難しいかな。だから、まず先生が読んでください。そして、小論文指導をする際の根っこのところにこの考え方を置いておくのがいいと思います。もちろん、現実的には目の前の大学入試がありますから、これにパスできるかどうかが最重要項目だとは思います。だから「その先の人生」みたいなことは理想論に聞こえちゃうかもしれません。でも、入試小論文というハードルを越えるという経験をすることが「その先の人生」に生きてくるのは事実ですし、大学側もそうしたことを期待して小論文入試を実施しているわけですからね。その辺の構図は、生徒には理解しがたいことだとしても、先生はわかってなきゃいけない。それをわかっいて指導するのと、そうじゃないのとでは大違いですからね。 […]