⑧自分の「適性」とは 2

E-roomへようこそ。このブログでは、学校現場における小論文指導の現実について、学校の先生を対象にゆるーく語っていきます。バックナンバーと合わせてお楽しみください。

「適性」には自分で自覚しているものと無自覚のものとがあって、どちらも扱いが難しいというお話です。前回は「自覚している自分の適性」についての話をしました。今回は「無自覚の適性」の見つけ方やその扱い方についてお話します。



目次

文章に独自性を出すにはどうすればよいか

前回の投稿では最初にわたし自身の話をしました。40歳を過ぎてやっと自分に隠れた適性があったことに気づいたという話です。
自分にはどんな適性があるのか。この答えを出すのは大人でも難しいことです。
ましてや人生経験の少ない高校生にはなかなか判断が難しいですよね。それで、自分でもわかりやすいもの使いたくなるんだけど、そういう内容は多くの生徒と「かぶる」ことが予想されるので、自分のオリジナリティやその信ぴょう性を表現するのが難しくなる。

こういう状況をどう打開していくか。
その方向性を二つ考えました。

一つは、「自覚している適性」をそのまま使うという方向性です。
これには多くの生徒と内容的にかぶりやすいというリスクがあります。せっかくよい経験をしていても似たようなことを多くの生徒が経験しているので、そこで書かれた適性はありきたりなものとなってしまい、その他大勢の中に埋没してしまうというリスクです。
これに対しては「書き方」の指導を徹底することで対処していく。

「自覚している適性」をそのまま使うのにはメリットもあって、それは本人が最も書きやすい内容であるということです。
自分で実際に経験していて、その経験から強く感じていることですから、書きやすいはずです。文章力に不安があるのならばなおさら「書きやすいことを書く」というのがいちばん安全ですよね。ちゃんとした書き方を指導してそれができれば、その他大勢との差別化は可能になるでしょう。
こういう話を前回の投稿でしました。(前回の投稿はこちら

「無自覚の適性」を見つける

今回は二つ目の方向性について話します。
それは、「自覚している適性」のほかに、自分では気づいていないような「無自覚の適性」を掘り起こしていき内容的に厚くしていくことです。

自覚はないけれども確かに存在している「隠れた適性」というものを誰しもが持っています。前回の投稿でわたしのことを書きましたが、ああいう感じのものです。

高校生にだってそうした「隠れた適性」があるはずです。それを何とか引き出したい。それが引き出せれば、論述のバリエーションがかなり増えます。その生徒の独自性も際立って行くでしょう。

それでは、何度か引き合いに出しているある生徒の小論文の中には、そうした「隠れた適性」のヒントはあるでしょうか。もう一度振り返ってみます。

小論文に書いていた二つ目の内容として「祖母のこと」がありました。
ここに注目してみます。

その子のおばあさんは元看護師で、毎日一生懸命働き、その病院に大きな貢献をしたらしい。とまあそんな感じのことが書いているわけです。で、その生徒はそのことを母から聞いたらしいのですが、実際におばあさんにはあったことがないんですね。その生徒が生まれる前におばあさんは他界していたらしいので。

身内に医療関係者がいる場合、例えばお母さんだったりお姉さんだったり親戚のおばさんだったりが看護師というような場合、普通はその人から直接的な影響を受けたりして、それで「自分も看護師になってみたい!」って思うようになった。そういうストーリーでいくことが多います。

でもこの子の場合はそうじゃない。一応身内に医療関係者がいたけれども、その人とは会ったことがないんです。話をしたことがない。だから直接的には何の関わりも影響も受けていない。そういう場合、普通は「おばあさんの話じゃ志望理由としてはさすがに薄いかな」と判断すると思います。
それなのにこの生徒はおばあさんのことを書いてきた。

こういう何か普通と違う変わったところにヒントがあることが多いんですね。

書くことがなくなって困っているとき、たまたまおばあさんのことを思い出したので無理やり書いただけなのかもしれません。実際のところはそれが正解の可能性が高いですよね。看護師の志望動機を書いているわけですから、なんか関連することを書かなきゃいけないという自覚はあるでしょうからね。頭をひねって考えた末、「自分と看護を結びつけるものはおばあさんだ」と。そういう感じになったのかもしれませんね。でも、おばあさんのことはよく知らないから詳しいことは書きようがない。それで書く分量が極端に少なくなっているということなのでしょう。

それでも、あまり関係が深いとは言えないおばあさんのことを書いてきたということに「何らかの意味」を読み取ることができるかもしれません。
だってよく考えてみてください。看護師になりたいと思ったきっかけとか理由とかって、なんとでも書きようがありますよ。昔からナイチンゲールに憧れていたとか、病気で入院したときにいい看護師に世話になったとか。変な話ですけどでっち上げでもなんとかなる。いくらでも書きようはあるはずです。

それなのにその生徒はおばあさんのことを書いてきた。よく知りもしないおばあさんのことを書いてきたわけです。

なぜそれを書いてきたのか、聞きたくないですか。
けっこう面白い質問ポイントだと思います。

生徒の声を引き出していく

どうして看護師になりたいと思ったの?

いや、特に大きな理由はないんです。給料も悪くないし、結婚してからも続けられるって母から聞いて。それでまあ何となく看護師でいいかなって。

いつごろからそう思うようになった?

じつはごく最近なんです。やりたいことが特にないままここまで来ちゃったので。母に相談したら看護師がいいよって勧められて。

おばあさんのこと書いてるよね?

母から聞いたんです。あなたのおばあちゃんは優秀な看護師だったって。話を聞いているうちになんかいいかもって思い始めたんです。自分にもそういう血が流れているかもって。

「血が流れている」ってすごくないですか。
例えば、父親が新聞記者で普段から父の仕事ぶりを見てきてそれで自分も新聞記者になりたいっていうのは志望理由としてはこれ以上ない説得力がありますよね。この子の場合は直接的な影響は受けてはいないけれども、お母さんの話を通してお祖母さんからの「血の流れ」を感じたわけです。「自分にも看護師の血が流れている」っていう感じですよね。

もちろんそのときにすごく強く意識したわけじゃないと思いますよ。「看護師はわたしの天職だ!」とか「私には看護師としての使命があったのだ!」とか。そんな天啓みたいに何かが降りてきたわけではないでしょう。

でも、その子の中に自然とそういう考えが浮かんできた。で、自分が看護師になるということをすっと受け入れることになった。
看護師になるのがあたかも自然な流れであるかのように思えたのかもしれません。「おばあさんが看護師だから自分も看護師になる」ってそのまま書いちゃったら論理的に飛躍しちゃうけど、生徒自身の中では自分が看護師になるということの理由として成り立っているんですね。

これは「自分の中に眠っていた適性」になり得ると思います。
だからこのことについて更にいろいろと話を聞いていけばいいでしょう。そういうやり取りを通して、
それまでぼんやりと感じていたことを意識化して言葉で表現できる段階にまで持っていけたらいいですね。

看護師としての適性といったら何でしょうかね。実際の看護師の仕事にはいろんな側面があって高校生にはわかりようもないことも多いのでそういうのはここでは考えないでいきましょう。

看護師の適性と言えばやはり「困っている人のために尽くす」とか「人の気持ちに寄り添う」とか「自己犠牲」とかそういう感じですかね。


そういう血(適性)があなたにも流れているって思うことある?

やっぱりバレー部でのことかな。バレーボールは自分一人でできることじゃないから、困っている部員がいたら相談に乗ったり、いっしょに練習してその壁を乗り越えるように努力したり、誰かのために自分を犠牲にするなんてことはいつものことだったな。


自分の中に眠っていた看護師としての適性は、実はバレーボール部のキャプテンとしての活動の中にもしっかりと表れていたわけです。
そういうことに気づき始めるようになる。

最初の頃、この生徒に「部活動から得たものは何か」という質問をしたとき、返ってきたた答えは「諦めない気持ち」とか「努力し続けることの大切さ」とかそんな感じでした。これでも悪くはないんだけど、こういう感覚だけだとせっかくのバレー部の経験がそこで閉じちゃっていてその先に続いていく感じがしない。バレー部の経験をどう将来に生かしたいかというコンセプトが見えない。

でも、今同じ質問をしたらどんな答えが返ってくるでしょうか。
バレーボール部での様々な活動が、将来看護師になるための資質を育ててくれていた。
そんなふうにとらえられるようになるかもしれません。

そうすると、部活動と看護師とがその生徒の中で自然な形で紐づけられていくので、文章化するときの内容もおのずと決まっていきますね。

初級編⑨へ

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この記事を書いた人

1968年生まれ
東京学芸大学大学院修了
函館市私立学校に30年勤務
小論文を中心に指導

コメント

コメント一覧 (2件)

  • […] さて、またまたバレー部キャプテンに登場してもらいます。バレー部のキャプテンの武器はこんな感じでした。諦めずに努力することが大切。みんなで協力することが大切。自己犠牲他者に寄り添う姿勢コミュニケーションにおいては、相手を思う気持ちが大切。相手を知りたいと思う気持ち相手の役に立ちたいと思う気持ちこれは看護師を目指すにあたって、本人が大切にしてきた思いを一緒に掘り起こしていったとときにあがってきた内容です。(詳しくは過去の記事をご覧ください→こちら)これは看護についての内容ですが、看護以外の分野にもそのまま当てはまることが多いと思います。この辺のことがこの生徒の「根っこ」ですからね。どんな分野のテーマが出題されても、ここから出発して考えていけばいい。さて、この「武器」を問題にぶつけてみましょう。「グローバル人材」でしたね。この生徒はとくに海外で活躍したいとか外国に興味があるとかは言ってなかったので、「グローバル人材」なんて言われても最初は戸惑っちゃうでしょうね。外国のことはよく知らないし、国際情勢にも疎いしね。だから、その辺のことを考えてうろうろ歩いても何にも出てきません。自分の「武器」との接点を探していきましょう。「グローバル人材」っていうのは英語が話せるだけじゃだめでした。語学力以外に次のものが必要だそうです。異文化理解自文化アイデンティティ協調性・積極性・責任感・使命感このうちの「自文化アイデンティティ」はちょっと荷が重そうですね。さすがにこの子の発想のラインナップにはないことのなのでね。無理はしない方がよさそうです。「異文化理解」はつながりそうですよ。本人はバレー部での経験からいろいろ学んだだけで、外国人とのコミュニケーションとは直接関係はないんだけど、たぶん同じでしょ。バレー部の後輩も外国人も基本的な接し方にそう変わりはない。他者に寄り添うこと相手を知りたいと思う気持ち相手の役に立ちたいと思う気持ち同じ日本人なら言わなくても分かりあえることがたくさんあります。でも、外国人の場合はそうはいきません。知らないことや理解できないことなど驚くことがたくさんあります。であるならば、なおさら他者に寄り添うこと相手を知りたいと思う気持ち相手の役に立ちたいと思う気持ちは大切になりますよね。他者を理解するためには、その前提としてこちら側にまずは「相手を知りたいと思う気持ち」「相手の役に立ちたいと思う気持ち」がなければならない。これはバレー部の活動の中で身をもって経験してきたことです。まったく同じことを異文化理解に当てはめてもよさそうですね。民族紛争や移民問題などニュースで大きく取り上げられているような具体例を出せるならばそれでもいいのですが、まあ、あまり無理をしない方が無難かもしれませんね。もっと身近な「異文化」を使いましょう。探せばちゃんとありますよ。外を歩けば外国人はたくさんいるしね。話しかけられた経験くらいはあるでしょうし。好きな外国映画とかK-POPなんていうのも異文化との接点になりますよね。「相手を知りたいと思う気持ち」「相手の役に立ちたいという思い」鷲田清一風にいうと「他者への関心」ということになるのかな。この辺を軸にして小論の構成を考えてみましょう。きっと自分らしい文章が書けるはずです。初級編⑬へ […]

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